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초록
解放以後の韓国は、社会のほぼすべての分野で日本的なものへの拒否や抹消に一貫し、そのような雰囲気は、20年余りの長い断絶を後にしてようやく成し遂げられた1965年の国交正常化以後も、かなり長い間続いていた。当時の韓国は、いまだに癒えていない傷と国民感情とによって、日本に対する学問的な接近さえなかなか認めようとしない雰囲気が強かった。1970年代初めの状況もやはり、政治や経済の方面では既に相当な交流が行われていたにも係わらず、公的な場で日本を研究しますと堂々と言いにくい雰囲気は依然と続いていた。そのような厳しい環境のなかで、1973年2月1日、日本を学問的に研究するために誕生したのが韓国日本学会であった。学会創立初期は、日本に対する否定的な雰囲気が割と強かったため、他の国を研究する学会なら全く気にしなくてもいいことまで一々気を使わなければならなかった。にもかかわらず、会員数も少なく財政的にも劣悪な状況のなかで、定期的に研究発表会を開き、毎年学会誌を発刊し、日本の学界を代表する学者たちを相次いで招いて国際学術大会を開催し、日本研究叢書の発刊計画を樹立して着々と実行に移すなど、活発な学術活動を繰り広げながら、国内最初に本格的な日本研究の礎石を築いた。1980年代から急激に膨張し始めた日本研究ブームの発端とその中心には韓国日本学会があった。このように国内最初の日本研究学会として結成され、この分野の研究の中心的な役割を果して来た韓国日本学会が、2013年2月、創立40周年を迎え<中年>になる。さて、残念にもその40周年を迎えようとする今、中国経済の急激な浮上とは対照的に日本経済の長期沈滞と大きな自然災害などが相次ぐなかで、若者たちの日本に対する関心が減り、修学能力試験科目から第二外国語の除外、人文学を粗末にする雰囲気などがかみ合って、日本教育研究分野の周辺与件が益々厳しくなりつつある。しかし、沈滞しているとはいえ日本は依然と世界3位の経済大国であり、ノーベル賞の受賞者をなんと19人も輩出した底力のある技術大国․文化大国であることは誰も否認できない事実である。それに日本という国は、韓国にとって単なる外国ではなく非常に特別な存在であることを見逃してはならない。地理的に隣接していて、いやでも応でも絶えず互いに相対しなければならない宿命的なライバル関係なのである。過去もそうであったし、現在も未来も例外ではない。日本が韓国を緻密に分析しているのに、韓国が日本研究を手放せば、益々日本の一方的な論理に振り回されやすくなることは自明である。韓国と日本とは色々な基本的な与件が似ていて、日本の様々の成功要因に関する分析から得られる教訓ほど、失敗要因の分析から得られる教訓も韓国にとって非常に有用な研究対象となり得る。韓日関係は、両国国民の感情を刺激する扇動に振り回されやすい傾向があるが、その多くの場合は、学問的․理性的な接近を通して相互理解を水準を高めれば、不必要な摩擦を起さないで済むことであり、それは両国国民の精神健康のためにも望ましいことであろう。韓国における日本研究の環境は、いま大きな転換点を迎えている。或は危機に直面している。しかし危機こそ更なる発展を図れる絶好の機会でもある。1973年創立以来、国内の日本研究を先導して来た韓国日本学会は、この変化の中心に立って、学会創立当時の先学たちの決然たる意志と確固たる志を改めて反芻してみながら、我々がなぜ何のために日本を研究するかを厳しく自問してみ、新しい時代の要求に相応しいビジョンと発展的な変化の方向を模索して行くべきであろう。
키워드
- 제목
- 1970年代 初 韓國社會에 있어서 日本學會 創立의 意義와 그 特殊性에 관한 考察
- 제목 (타언어)
- A Study on the Significance and Distinctiveness of Founding ‘THE KOREA ASSOCIATION OF JAPANOLOGY’ in the Early 1970s Korean Society
- 저자
- 이재성
- 발행일
- 2012
- 저널명
- 일본학보
- 호
- 93
- 페이지
- 235 ~ 244